「自分の死後、残された家族が困らないように」と遺言書を作成しても、それだけでは不十分な場合があります。遺言に書かれた内容を確実に実現するためには遺言執行者の存在が必要になるケースがあるのです。また、相続人への財産分配も遺言執行者がいるかどうかでスムーズさが大きく変わります。
今回は、そんな遺言執行者の基本的な役割から注意点まで、相続トラブルを避けるうえでのポイントを解説します。
■遺言執行者って何をする人?
遺言執行者とは、文字通り「遺言に書かれた内容を実現する人」です。相続財産の調査・管理、財産目録の作成、相続人への財産の分配など、遺言の内容に従い手続きを進めます。
ここで注意したいのは、遺言執行者は相続人の代理人ではないという点です。特定の相続人の利益のためではなく、あくまでも故人の意思を実現するために職務を行います。
この役割は、一般的に遺言によって指定されます。未成年者や破産者でなければ、弁護士や司法書士といった専門家はもちろん、家族を遺言執行者に選ぶことも可能です。
もし遺言執行者に選ばれたとしても、就任するかどうかは、指定された人の自由意思に委ねられており、辞退することもできます。
■執行が「必要な遺言」と「そうでない遺言」
遺言すべてに遺言執行者が必要なわけではありません。遺言の内容によっては、遺言執行者がいなくても相続人が手続きを進められる場合もあります。しかし、一部の事項については法律上、遺言執行者でなければ実行できないと定められています。
例えば、婚外子を自分の子として法的に認める「認知」や、特定の相続人から相続権を奪う「相続人の廃除」またはその「廃除の取消し」は、いずれも遺言執行者による手続きが必要になります。
一方で、「特定の財産を特定の人に渡す」といった内容の遺言は、必ずしも遺言執行者を必要としません。相続人全員の協力があれば手続きを進めることができます。
もし遺言書が複数見つかった場合は、原則として日付の新しいものが優先されます。ただし、新しい遺言と古い遺言の内容が抵触しない部分については、古い遺言も有効です。
古い遺言の一部だけが取り消されていたり、新しい遺言と矛盾する内容が含まれていたりすることもあるため、遺言執行者はすべての遺言書の内容を比較し、法的に有効かを確認する必要があります。
また、法律上で定められた形式を遵守せず作成された遺言書は無効と判断されます。自筆証書遺言であれば、全文自筆であること、日付や氏名の記載、押印があるなど定められた要件を満たす必要があり、遺言作成時の遺言者の意思能力なども確認すべき重要なポイントとなります。
■相続人に伝える財産のリストって?
遺言執行者に就任後、最初に行うべき重要な職務の一つが「財産目録」の作成です。財産目録とは、遺された財産の内容を一覧にしたもので、これを相続人全員に交付する義務があります。財産目録の一覧には、遺言で指定された財産や執行の対象となる財産のみを記載すればいいとされており、すべての財産を載せる必要はありません。
ただし、具体的な財産を指定せず、遺言によって「全財産の半分を遺贈する」といった包括遺贈がなされた場合は、プラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も記載する必要があります。これは、包括受遺者がプラスの財産だけでなくマイナスの財産も承継割合に応じて引き継ぐためです。
■「相続させる」と「遺贈する」は何が違う?
遺言書で財産を特定の人に渡したい場合、「相続させる」と「遺贈する」という二つの表現がよく使われます。誰に財産を渡すかという対象者の違いだけでなく、登記手続きの扱いにおいても大きな違いがあります。
「相続させる」は、相続人に対して財産を渡す場合に使われる表現で、単独で登記申請することができます。一方、「遺贈する」は、主に相続人以外の人へ財産を渡す場合に使われる表現で、遺言執行人または、相続人全員と共同で登記申請する必要があります。
以前は「相続させる」場合、登記をしなくても相続人はその不動産の権利を第三者に主張できるとし、「遺贈する」場合は、登記をしなければ第三者に対抗できないとしていました。しかしこの扱いは、法改正によって見直され、ルールが統一されました。
従来の「相続させる」旨の遺言を「特定財産承継遺言」と定め、相続人が法定相続分を超える財産を取得した場合、その超える部分については、登記をしなければ第三者に対抗できない、というルールに変更されました。
■預貯金・保険・遺留分に関する注意点
遺言執行の実務では、いくつかの見落としがちなポイントがあります。
預貯金がある際は、遺言者が亡くなった後、遺言執行者が正式に財産管理を開始する前に、一部の相続人が遺言の内容を知らずに、あるいは遺言の意向とは異なる形で預金を引き出してしまうといったトラブルが発生する可能性があります。このような事態を避けるためにも、遺言執行者は就任後速やかに各金融機関に通知する必要があります。
また、被相続人が生命保険に加入し、遺言によって保険金の受取人が変更されている場合にも、遺言執行者は速やかに保険会社に通知する必要があります。保険金は原則として遺産分割の対象とはならず、受取人の固有財産とされているため、元の受取人に支払われる前に手続きを済まさなければなりません。
もう一つ注意しておきたいのが遺留分についてです。遺留分とは、最低限の遺産の取り分のことで、遺言によってこれが侵害されている場合、侵害された相続人は遺留分侵害額請求権を持ちます。重要なのは、遺留分を侵害する内容の遺言自体が無効になるわけではなく、遺言執行者は原則としてその遺言の内容に従って執行を進める義務があるという点です。遺留分侵害額請求は、遺言執行後または並行して当事者間で金銭による解決が図られることになります。
■遺言執行者の報酬と費用の扱い
原則として、執行に必要な費用や遺言執行者の報酬は、相続財産の中から支払われます。
報酬額は、遺言書の中で具体的に定めておくことができます。その定めがない場合は、遺言執行者と相続人全員との協議によって決定します。
もし遺言書に報酬の記載がなく、相続人との協議もまとまらない場合には、家庭裁判所に申し立てることができます。裁判所が相続財産の状況や執行内容などを考慮して相当な報酬額を決定します。
おわりに
遺言執行者は、遺言の内容を確実に実現するために欠かせない存在です。法的な知識や煩雑な手続きを求められることも多く、まさに縁の下の力持ちとして、相続トラブルを未然に防ぐキーパーソンといえるでしょう。
遺言書を作成する際には、誰に何を遺すかといった内容だけでなく、その内容を誰がどのように実行してくれるのかという視点も欠かせません。安心して想いを託すためにも、遺言執行者についてセットでしっかりと考えておくことが大切です。
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