「賃貸住宅を退去したら、高額な修繕費を請求された」
「敷金を返してもらえると思ったら、逆に追加費用を求められた」
こんな経験談を耳にしたことはありませんか?
実際、こうした原状回復費用をめぐるトラブルは少なくなく、消費生活相談窓口には毎年1万件を超える相談が寄せられています。2023年には13,247件と、依然として身近な問題であることがわかります。
そこで今回は、こうしたトラブルから身を守るために、借主が負担すべき費用・負担しなくてよい費用の違いを、国土交通省のガイドラインに基づいてわかりやすく解説します。
退去費用とは?
退去費用とは、賃貸住宅を借りていた人(借主)が、部屋を退去する際に不動産会社や大家さん(貸主)に支払うお金のことです。退去費用には、主に以下のようなものがあります。
原状回復費用
借主の故意・過失、または通常の使用を超える使い方によって傷んだ部分を元に戻すための費用。入居時と全く同じ状態に戻すための費用と誤解されがちですが、厳密には異なります。
ハウスクリーニング費用
退去時の専門業者による清掃を行う費用。
鍵交換費用
防犯の観点から次の入居者のために鍵を交換する費用。
設備の修理・交換費用
借主の過失などによって壊れた設備にかかる費用。
基本的に借主が負担するのは、借主がつけた傷や汚れを直す「原状回復」の範囲のみです。
ただし、契約書に特約がある場合においては、借主に支払い義務が生じることがあるため、契約内容の確認が欠かせません。
どこまでが借主負担?
原状回復費用をめぐるトラブルを防ぐには、「どこまでが借主の責任か」を正しく理解することが重要です。
国土交通省がまとめた「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」では、通常の使用による損耗や経年変化については貸主が負担すべきとしています。例えば、家具の設置によってできた床のへこみや、日焼けによる壁紙の変色、冷蔵庫の裏側の電気焼けなどは、誰が使っても時間の経過とともに起こるものなので、貸主の負担とされます。
また、設備や内装にはそれぞれ耐用年数(使える期間の目安)が設定されており、時間の経過とともに価値は減少します。これを「減価償却」と呼びます 。借主が原状回復費用を負担する場合でも、この減価償却の考え方が適用され、その負担割合が軽減されることがあります 。例えば、壁紙は耐用年数が6年とされており、年数が経つほど借主の負担割合が減少することとなります 。ただし、経過年数を超えた設備であっても、借主が故意・過失によって破損させ、使用不能にした場合は、修繕に伴う費用負担が必要となることがあります 。
この前提を踏まえた上で、次に借主・貸主のどちらが負担するべきか、具体例を見ていきましょう。
借主が負担するケース
以下の場合は、借主の故意・過失または通常の使用範囲を超える行為による損耗とみなされ、借主が原状回復費用を負担することになります 。
故意・過失による損傷
- タバコのヤニや臭いによる壁紙の変色や付着
- ペットによる柱やクロス等への傷や臭い
- 引っ越し作業中に生じた傷
- 壁に開けた大きな穴(下地ボードの張替えが必要な程度の釘穴やネジ穴)
- 落書きなどによる毀損
借主の管理不十分に起因する損傷
- 掃除を怠ったことによる水回り(風呂、トイレ、洗面台)の水垢やカビ
- ガスコンロ置き場や換気扇の油汚れやすす
- 結露が発生しているにもかかわらず、貸主に通知せず、拭き取るなどの手入れを怠ってできたカビやシミ
- 鍵の紛失や不適切な使用による破損
- 戸建賃貸住宅の庭に生い茂った雑草
貸主が負担すべきケース
以下の場合は、建物の自然な劣化や通常の使用に伴う損耗とみなされ、貸主が費用を負担することになります 。
経年劣化
- 日焼けによる畳の変色やフローリングの色落ち
- テレビや冷蔵庫等の後部壁面の電気焼け
- 家具の設置による床やカーペットの設置跡
- 画鋲やピンの穴(下地ボードの張替えが不要な程度のもの)
通常損耗
- 畳の裏返しや表替え
- フローリングへのワックスがけ
- 網戸の張替え
- 鍵の取替え
- 専門業者による全体のハウスクリーニング(借主が通常の清掃を実施している場合)
建物構造上の不具合
- 地震によって破損したガラス(速やかに貸主に通知している場合)
- 設備機器の寿命による故障
退去トラブル事例
実際の退去時にはどこまでが適正な請求なのか判断が難しい場面もあります。どういったトラブルがあるのか、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」からトラブルの事例を見ていきましょう。
壁紙全額張り替えを請求された
部屋の一部にしか汚れや傷がないのに、部屋全体の壁紙の張り替え費用を請求されるケースです。
通常の経年劣化や自然な損耗であれば借主が費用を負担する必要はありませんが、故意や過失による破損がある場合は、借主に修繕義務が生じます。
ただし、その場合でも修繕は最低限の施工単位(㎡単位)での張り替えが望ましく、広くても壁一面までの費用負担が妥当とされています。また、減価償却の考え方に基づいて、耐用年数を考慮した負担割合を算出します。
ハウスクリーニング費用を請求された
退去時に専門業者による高額なハウスクリーニング費用を一律で請求されるケースです。
借主が通常の清掃をきちんと行っている場合、クリーニングは次の入居者確保のための化粧直しと見なされ、原則として費用負担は不要です 。ただし、清掃・手入れを怠り、カビや油汚れなどが著しい場合は借主負担となることがあります 。
また、クリーニング特約が契約書に記載されている際には、以下の点から有効性が判断されます。
- 借主がどのような範囲まで負担するのかが具体的に書かれているか
- 通常の使用による汚れについても負担するという趣旨が明示されているか
- 費用が社会通念上妥当な金額であるか
有効性が認められた場合は、借主の負担となります。
トラブルを防ぐためにできること
退去時のトラブルを避けるためには、入居時から計画的に準備を進めることが重要です。
入居時の室内写真・動画を保存しておく
入居する際、室内の傷や汚れ、設備の破損状況などを写真や動画で細かく記録しておきましょう。いつからあった傷か、後で証拠になります。当事者が立会いの下、チェックリストを作成し消耗箇所や程度を確認、共有しておくとよいかもしれません。
契約書・重要事項説明書の内容を事前に確認(特約・清掃費用の記載など)
契約を締結する前に、原状回復に関する特約(ハウスクリーニング費用、鍵交換費用、敷引きなど)が記載されていないか、その内容を十分に理解しておきましょう 。不明な点があれば、必ず質問し、納得した上で契約することが大切です 。賃貸借契約書や重要事項説明書は、トラブルが発生した場合に重要な資料となるため、退去するまで大切に保管しましょう 。
こまめな清掃とメンテナンス(特に水回り・換気扇)
普段から居室をきれいに保ち、カビや水垢、油汚れなどを放置しないようにしましょう 。これにより、通常の使用を超える損耗を未然に防ぐことができます。
喫煙は室内NG推奨
室内での喫煙は、壁紙のヤニ汚れや臭いの原因となり、借主負担となる可能性が高いです 。室内での喫煙は避けるか、換気や清掃を徹底しましょう。
請求が不当に高いと感じたら?
「請求書の内訳」と「契約書・ガイドライン」を照合
賃貸人から送られてきた請求書を隅々まで確認し、どの項目が、どのような根拠で請求されているのかを把握しましょう。そして、自身の契約書や国土交通省のガイドラインと比較し、借主負担となるべきでない費用が含まれていないかを確認します 。
不動産会社・大家に具体的根拠をもとに交渉
不当と思われる項目について、具体的な理由(例:経年劣化であること、ガイドラインに則れば貸主負担であること)を挙げて、不動産会社や大家さんに交渉しましょう。交渉は書面で行うと、後々証拠として残せます。
公的機関への相談
賃貸住宅に関するトラブルは、消費生活センターや地方公共団体の相談窓口で相談することができます 。専門の相談員がアドバイスやあっせんを行ってくれます 。
少額訴訟・民事調停などの選択肢
相談でも解決しない場合として、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、少額訴訟や裁判外紛争解決手続(ADR)の利用を紹介しています。
少額訴訟
60万円以下の金銭の支払いを求める場合に利用できる簡易な訴訟手続きです 。原則1回の審理で解決が図られるため、費用や時間があまりかからないのが特徴です 。
裁判外紛争解決手続
裁判を起こさずに、専門機関などを通じて話し合いやあっせん・調停などによってトラブルを解決する仕組みです。主に、費用や時間を抑えて柔軟に解決を図ることが目的です。
おわりに
賃貸の退去費用は、事前の知識があるかどうかで費用負担に大きな差が出ることがあります。国土交通省のガイドラインや契約書の内容をしっかり把握し、不明点はそのままにせず確認・交渉する姿勢が大切です。万一の時には、専門機関に相談することも、問題解決へと進むための重要な選択肢の一つですよ。
【参考資料】
国土交通省『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)』
国土交通省『民間賃貸住宅に関する相談対応事例集(再改訂版) 』
独立法人国民生活センター『賃貸住宅の原状回復トラブル』
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